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デザイナーの視線から見えた多様な課題に応えるトイレデザインの可能性

2016.11.14 | INTERVIEW

現代のトイレデザインにおいて、新たな課題が浮かび上がりつつある。それは、高齢化社会への対応はもとより、トイレ習慣の異なる海外旅行客や多様な性への対応だ。
LIXIL・スペースプランニング部の石原雄太さんに、トイレに関するさまざまな調査結果や試みを挙げてもらいながら、デザイナーの上垣内泰輔さん(丹青社)と大野 力さん(sinato)に、トイレデザインの進むべき方向性を語ってもらった。ダイバーシティー社会で、ストレス無くそれぞれの指向を尊重したトイレのイメージから、パブリックトイレの未来像が見えてきた。

ダイバーシティー社会におけるパブリックトイレの問題点

編集部 ー ダイバーシティー(※1)への取り組みが各企業で活発になっています。多様な人々の社会進出が進められる中で、パブリックトイレのあり方はどう変化していくか、今回はお三方にトイレの未来像について自由に語っていただきたいと思います。まずLIXILはダイバーシティーや多様な性に対応したトイレの研究を進めていますね。


石原 ー 昨年から本格的な研究、調査を始めました。きっかけは東京オリンピックに向けて急増する外国人観光客に対応するため、海外のトイレ事情を調査したことです。そこでLGBT(※2)に対応したトイレの存在を知り、ダイバーシティー社会への取り組みが急務であると考えました。


編集部 ー 以前から、そういった依頼はありましたか?


石原 ー はい、大学や企業からの相談はありました。企業もダイバーシティーの対応に熱心で、社内のトイレをどう改善すべきかといった相談を受ける中で、とても現実的な課題であることを実感しました。とはいえ非常にデリケートな問題を含んでいるので、まだ具体的な作例はありません。


編集部 ー 上垣内さんに伺います。丹青社ではさまざまなパブリックトイレをデザインしていますが、ダイバーシティーに対応した事例はありますか?


上垣内 ー 社内で調べてみましたが、まだありませんでした。私もクライアントから相談を受けることはありますが、情報も少なく具体化はまだ難しいと思います。


石原 ー 我々もまず情報収集から始めました。LGBT関連のNPO法人の協力を得ながら、当事者を中心に聞き取りやアンケート調査を行いました。印象的だったのは、校舎や社内のトイレの方が駅や商業施設のトイレよりも抵抗を感じる方が多かった点です。カミングアウトしている方でも顔見知りのいるトイレに入るのは嫌で、異なるフロアやコンビニのトイレに行くという回答もありました。特にトランスジェンダー(※3)の方の悩みが大きいと感じます。


上垣内 ー 普段一緒にプロジェクトに取り組むクリエイターの中には多様な性の仲間もいますが、仕事を進める上では特別に意識をしていませんでした。


石原 ー 最近のパブリックトイレには「多機能トイレ」や「誰でもトイレ」がありますので、そこを利用する方も多いようです。ただしこれにも課題があって、国の方針として多機能トイレは障害者優先にしようという動きになっています。今はオムツ替えをするお母さんや知的障害のあるお子さん、介護の必要な高齢の方、オストメイト利用者などさまざまな需要があり、当初の対象であった車椅子利用者が待たされることが多くなっています。そこでオムツ替えなどの機能を男女のトイレ内に設け、多機能トイレは障害者優先にしようという方針です。


編集部 ー そうなると、LGBTの方は多機能トイレを利用しにくくなりますね。


石原 ー それに対応して、優先トイレとは別に誰でもトイレを併設しようという案もあり、ニーズを踏まえた空間づくりが検討されています。


「ニュウマン」の中2階女性用トイレ(撮影/太田拓実)
「ニュウマン」の中2階女性用トイレ(撮影/太田拓実)

機能分散か、共用化か

編集部 ー 大野さんは、ダイバーシティー社会におけるトイレのあり方について、どのように感じていらっしゃいますか。


大野 ー 求められる機能に応じて、すべてにそれぞれの空間を設置しようという方向には疑問があります。ダイバーシティー社会のニーズの細分化はこれからも進むはずですから、個々の都合に合わせた仕切りをつくっていたら際限がないし、それぞれ何室用意すべきかという配分の問題がつきまとう。時代の変化に対応できないでしょう。


上垣内 ー 私も同感です。車椅子専用トイレを確保した上で、トイレを男女共用にしたらどうでしょうか。ミラノ・デザイン・ウィークの市内の会場ではパブリックトイレの列に男女が一緒に並んでいて、向かい合わせになったブースの中へ順序良く入っていきました。マナーとルールさえ確立されれば共用化も合理的だと思います。


石原 ー 当社でも共用化について調査しましたが、男性が小用した大便器を使うのは嫌だという女性の声が多くありました。そこで大便器と小便器をセットしたブースも提案したのですが、これも抵抗があるとの意見でした。また世界7カ国でアンケート調査をしたところ、文化的、宗教的な理由から共用を好まない国もあり、来日時、パブリックトイレに異性の清掃員が突然入ってきて驚いたという方もいました。各国でジェンダー(※4)の捉え方は異なるので、それに合わせたソフト面も大切だと感じます。


大野 ー 一度ジェンダーという概念から離れた方が良さそうです。例えば、多機能トイレのアプローチは、車椅子動線を考慮して通路幅を広くする必要があり、トイレエリアの一番手前に配置される傾向が強い。一方、その後の男女トイレへの通路は、ひとつでも多くのブースをとるため通常の幅に戻すことが多いと思います。そこから一つの提案なのですが、入り口近くは広く開放的なトイレにして、奥に行くほど狭くプライバシーを確保できる個室にするアイデアはどうでしょうか。そうすれば、他人に見られたくない人は奥に進んでいき、手早くしたい人は手前で済ますといったゾーニングができるかもしれません。つまり、身体的特性ごとに空間を仕切るのではなく、プライバシーという視点から空間のグラデーションだけを用意するのです。仮に奥のトイレが混んでいても、それは自分の指向だから仕方ないと納得してもらえると思います。


上垣内 ー それぞれの指向に合わせて個人が選べば良いという考え方は共感できます。丹青社では、NPO法人ユニバーサルイベント協会と「ユニバーサルキャンプ in 八丈島」を共催し、毎年社員が参加しています。障害の有無・年齢・性別・国籍に関係なく、多様な参加者と交流する中で、「こうするべき」「こうあるべき」という方向が、本当はお互いを認め合うことにはならないことに気づかされます。体験してみて初めて気づき、自分で考えたり動けるようになります。デザイナーにはこうした体験も大切ですね。


大野 ー 私も子供が生まれて初めてベビーカーを押して外出した時に、今までとは異なる都市の姿が浮かび上がってきて驚きました。新宿駅新南エリアのコンコースを設計した際も、点字ブロックをどこで結べばいいか分からず苦心しました。見なれた光景も、自分で体験しなければ理解できません。


「天神地下街」西6番街のトイレのエントランス
「天神地下街」西6番街のトイレのエントランス


同トイレをパウダールーム方向に見る(2点とも撮影/石井紀久)
同トイレをパウダールーム方向に見る(2点とも撮影/石井紀久)

トイレのお手本となる オフィスデザイン

上垣内 ー 昔からずっと気になっているのは、駅やデパートでよく見かける女性トイレの行列です。ダイバーシティー社会を考えるなら、まずあの行列を解決したい。男性、女性トイレの境界をもっとフレキシブルに運用すれば良いと感じます。これ一つとっても、機能による仕分けは難しいですよね。別の物差しを使わないとロスのないパブリックトイレはできませんし、新しい使い方がインフォメーションされルールが確立されれば、実際のハードは後からついてくるのではないでしょうか。


大野 ー 確かに1カ所でも成功事例ができれば、そこが発端となって全国に広がると思います。今流行のシェアハウスにしても、かつては他人同士の男女が一つのリビングやキッチンを共有することは常識として考えられませんでしたが、それが交流の輪を広げ楽しそうに見えれば自然と一般化していきます。できれば、日本発のシームレスな新しいパブリックトイレの姿を確立して、世界に伝搬させたいですね。そのためには、機能だけでなく楽しさや快適さも大切になると感じます。


石原 ー 事例によって新たな常識が広がったトイレとして、松屋銀座の「コンフォートステーション」が挙げられます。それまで機能重視だったデパートのトイレに変化を与えるため、1987年に松屋とLIXIL(当時INAX)が提携して全面改装したプロジェクトで、設計は建築家の早川邦彦さんに依頼しました。革新的であった点は、お客様へ豊かさを提供するサービスの一環としてトイレを捉えたことです。デザインやアメニティーに店舗デザイン以上の先見性を与え、デパートのトイレとしては初めてパウダールームを備えました。マスコミにも広く取り上げられ、ホテルや駅などのトイレリニューアルブームのきっかけとなり、アメニティー化の進む現在のトイレのルーツともいえます。


上垣内 ー ダイバーシティー社会への対応については、オフィスの事例が先を行っていると思います。昨年、自社オフィスを移転した際、フリーアドレスのオフィスとなり、デザイナーを除いて個人のデスクは廃止されました。社員にとってかなり大きな変革ですが、設計を任された私は、オープンな場所や仕事に集中できる場所など何種類かのスペースを用意して、それぞれがその日の仕事内容や気分に合わせて使いやすい場所を選ぶという空間づくりを試みました。結果は概ね良好で、更にソフト・ハード両面の整備で時間や場所にとらわれず働けるようになったため社員の活動領域は広がり、以前より生きいきと仕事に取り組んでいます。ただし、トイレについてはビル備え付けのものであり、1から考えられたとするならば、もっと多様性に配慮した計画にトライしたかもしれません。


大野 ー 私も大規模なオフィスを手掛けた際に、なるべく使い方を限定せず、窓際の心地良い場所や閉じた場所、ガヤガヤした場所や静かな場所など環境の差異を散りばめて、それを選ぶのは各社員というプランを設計しました。こうした新しいデザインを生み出すために最も有効なのは、踏襲されてきた与件を変えることだと思います。与件のチェンジメーカーが新しい空間を生み出すと言っても良いし、与件を変えなければ表面的な変化しか生まれません。トイレの場合はクライアントからの条件で、面積や配置もほぼ決められています。まだまだ開拓の余地のある空間とも言えるので、ゼロからのスタート地点に自分が最初に立ってみたいと思いました。LIXILともコラボレーションして、新しいトイレ空間の革命を起こしたいです。


石原 ー お二人の話を伺って、機能の多様性による対応には限界があり、これまでとは全く異なった視点が必要な時期が来たと感じました。今まで蓄積してきた機能やゾーニングなどのノウハウをステップにして、先に進む勇気をもらいました。


上垣内 ー 私としてはまず、女性トイレの行列の解消をテーマにしたいと思います。いつまでも解消できない要因は男性トイレに女性が入れないことですが、果たして昔からそうだったのか。パブリックトイレのルーツに立ち返り検証する先に、ダイバーシティー社会に対応したトイレのヒントがあるように感じます。


大野 ー 確かに、既存のニーズに単純に応えるだけの設計ではなく、今考えられるトイレの空間的な正しさを形にして、その可能性や使いこなし方を人々が考えていくことが現代的な解決策だと思います。


「松屋銀座コンフォートステーション(1987)」(設計/早川邦彦建築研究室)の男性用トイレ
「松屋銀座コンフォートステーション(1987)」(設計/早川邦彦建築研究室)の男性用トイレ


※1 ダイバーシティー:企業や団体において多様な人材を積極的に活用しようという考え方。 性別や人種、障害などの多様性を受け入れて広く人材を活用することで、多様化するマーケットへアプローチできる企業体質を目指した取り組みが活発になっている。そこから広がり、多様化する社会全体を示す言葉としても使われている。


※2 LGBT:レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に診断された性と、自認する性の不一致)の頭文字をとった総称。(※4参照)


※3 トランスジェンダー:LGBは性的嗜好の要素が強いのに対して、T(トランスジェンダー)は自己の性のあり方である。主に次のようなタイプに別れるが、個人差も大きく一律には区分けできない。Male to FemaleやFemale to Maleの中には、自認する性への性別適合を行う人もいるが、しない人もいる。Male to Female…男性として生まれ、性自認が女性の人(女性として生きる/生きたい人)、Female to Male…女性として生まれ、性自認が男性の人(男性として生きる/生きたい人)、Female to X…女性として生まれ、どちらでもない性別として生きる/生きたい人、Male to X…男性として生まれ、どちらでもない性別として生きる/生きたい人。なお「性同一性障害」は、「生物学的な性と自認する性の不一致があり、性別適合を強く望むことによって起こる障害」を示す医学用語で、現在はトランスジェンダーと区別されることが多い。


※4 ジェンダー:生物学的な性(Sex)に対して、文化的、歴史的、社会的背景から生み出される性として主に使われる言葉。例えば髭を生やした男性は「男らしい」、化粧をしてアクセサリーをつけた女性は「女らしい」といったイメージによって生じる男性、女性の区別をいう。

設備から考えるパブリックトイレのあり方 NEW PUBLIC TOILET HL

テーマは「人間の、かたち。」


パブリックトイレに求められるトータルな空間プランニングについて、時代に合わせた提案をしてきたLIXILが、新たなコンセプト「NEW PUBLIC TOILET HL」を展開する。人が近寄りやすいデザインを軸に形状を一から見直し、壁掛便器やセンサー一体形ストール小便器、マーベリイナカウンター/シェルフ一体タイプ、多機能トイレパックの4商品を発売している。


壁掛便器は、床置きにはできない「足元空間」を確保。 凹凸のないデザインで掃除がしやすいだけでなく、車椅子でも近づきやすい形状を追求している。センサー一体形ストール小便器は、子供から大人まで使える低リップ設計とし、LIXIL(INAX)が90年代からこだわってきた小便器の特長である「大きなタレ受け」、「目かくし」、「近づきやすさ」を継承した。また、新開発の超音波センサーによる人の検知は、従来の赤外線のセンサー窓が不要となり、スッキリしたデザインを可能としている。これらの便器で使用されている衛生陶器は、国際規格に準拠した抗菌効果を保証する“SIAAマーク”を表示し、清潔で衛生的なトイレ空間を演出する。


マーベリイナカウンターは、ボウル、カウンター、シェルフを一体成形で制作。継ぎ目をなくしたカウンターは汚れがたまりにくく、手入れをしやすい構造となっている。また、カウンターに荷物の置けるゆったりとした空間を確保することで、ドライ・ウエット分離と手の洗いやすさを実現した。


それぞれのデザインは、ゆったりとした使用感を感じられるよう曲線、曲面で構成され、使いやすさや機能美に配慮している。またインテリアに調和するデザインを求めて、最適な形になるよう考察し、無駄な要素を排除している。「人」への思いを形にした、「人」に寄り添うパブリックトイレコンセプト「NEW PUBLIC TOILET HL」を具現化するデザインとなっている。


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大野 力
1976年大阪府生まれ。1999年金沢大学卒業後、2004年シナト設立。最近手掛けた事例として、「オープニングセレモニー 名古屋」、「ニュウマン」、「ソウ」など

上垣内 泰輔
1965年広島県生まれ。日本大学卒業後、丹青社デザインセンター入社。現プリンシパル クリエイティブディレクター。最近手掛けた事例として、「並木藪蕎麦」、「トロ トーキョー」、「バビーズ ヤエチカ」など

石原 雄太
1973年東京都生まれ。日本大学卒業後、住宅メーカー入社。後、インテリアメーカーを経て、2005年にLIXIL(当時INAX)入社。現スペースプランニング部所属。マンションやホテルの水まわり、パブリックトイレの空間提案に従事。

株式会社LIXIL

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